マテキフルートと私。

2020.01.13 update

出会いは大学4年生の夏休み。私は新卒採用の島村楽器講師試験に合格し(実は島村楽器の講師とインストラクターの違いをよくわからずに受験してしまい、のちにインストラクターに変更してもらうのですが‥笑)、配属はどこかわからないけれど、もし地方で教えるなら簡単な修理ぐらいはできないと!と考えていました。東京のどこかでリペア講習会があるという情報を見つけ、それに申し込むつもりだと師匠に話したところ、マテキフルートに行きなさい!と。でも実は、当時私はバッリバリの(?)ムラマツユーザー。そんな私が行ってもいいのかしら?と思いつつも、師匠の強い勧めもありお世話になることになりました。

 ちょうど兄が東京に住んでいたのでそこを拠点にしたのですが、兄の家は南大沢(八王子)にあり、マテキさんは坂戸(埼玉)。確か始業時刻が8時頃で、毎日5時に起きて6時頃の電車に乗り、乗り継ぎ乗り継ぎ‥通っていました。

 そんな日々だったので、午後になるとタンポと格闘する中で工具を握りしめたままウトウトしていることもありました。ユーザーでもなく、時々集中力が切れて居眠りをする、そして定時ぴったりに修行を終え、そのあとは試奏ばかりしている‥(笑)そんな私にもマテキフルートの皆さんはいつも本当にやさしく、親切に、丁寧に、色々なことを教えてくださいました。

 アルバムをめくってみるとその時の写真がいくつかありました。これは初めてろう付けをしているところ。昔のマテキフルートの工場前も懐かしいです。

 この時作ったのがこちら。4本の太さの違うパイプをくっつけた、キーの開きを測る道具です。

 実はこの初めてのろう付け、仕上がりは真っ黒だったのです。これをその時割り当ててもらっていた自分の机の上に置いたまま帰り、次の日の朝来たら、いつの間にかピカピカに磨かれてありました。まるで夜の間にこびとさんが働いていたようで‥絵本の世界にも似たあたたかさを感じたのを覚えています。

 そして、この修行ですっかりマテキファンになった私は、たくさんアルバイトをしてまずは頭部管を買い、就職してからボディを買い、晴れてマテキユーザーとなりました。

 札幌でフルートコンベンションが開催された際には、展示のお手伝いやメーカーショーの司会など社員のようにお手伝いさせていただいたのもいい思い出です。

マテキフルートの展示ブースで、3代目社長さんと。

 私がマテキフルートに出会った時、創始者の渡辺茂氏はすでにお亡くなりになっていました。その後、オールドフルートの修理などでたくさんの技術者さんとお話しする中で、「実はマテキさんで少し修行させていただいたのですが」と言うと、みなさん渡辺氏は素晴らしい方であったと語っていらっしゃいました。そういうお話を聞く度に、お会いできなかったことを残念に思いますが、わずかに残された資料を元に、次回はその足跡を辿りたいと思います。