Couesnon Monopoleとの出会い

2021.06.08 update

<運営のお手伝いをさせていただいている「マルセル・モイーズ研究室」https://marcel-moyse.amebaownd.com/に書いたコラムをこちらにも転載させていただきます。フランスの洋銀のフルートとの出会いが、モイーズ研究室の松田さん、そしてモイーズへと繋がったお話です。>

みなさまはじめまして。

このサイトの運営のお手伝いをさせていただいているSawakoです。

私は洋銀フルートに興味を持って調べている時に室長と出会い、そこからモイーズのことを知るようになったという少し変わったルートでやってきましたので、まずは自己紹介も兼ねてそのことを書きたいと思います。長くなりそうですが、よろしければおつきあい下さい!

私は20歳ぐらいの頃から、現代のフルートにハマりきれない自分を感じていて、私はどこに行けばいいのだろう?と放浪していました。色々な楽器を試したり、古楽をかじってみたり。そんな中である時、フランスのオールドフルートを吹いてらっしゃるオーケストラ奏者さんと出会いました。

貴重なコレクションを見せていただけることになりお宅に訪問すると、そこは宝の山!!

ズラーっと並ぶルイロットなどを拝見、そしてありがたいことに吹かせていただきました。

その時にとても印象に残ったのが、初代ロットの美しさと洋銀のBonnevilleの響き。

「maillechort」と呼ばれるフランスの洋銀フルートは初めて吹いたのですが、ひと吹き惚れとでも言うべきか、一瞬にして魅せられてしまいました。

私もこれからフランスのオールドフルートを吹きたい!と1本譲っていただくことにしたのですが、Bonnevilleに惹かれつつも、やはりコンサートなどで使うのは銀のルイロットがいいんじゃないかな?と思ったりして、8000番代のルイロットに決めました。それももちろん良い楽器だったのですが、私はずーっとどこかで、洋銀のBonnevilleを忘れられずにいました。

何年か経っても気になり続けたので、あの時のBonnevilleをお譲りいただけないでしょうか?とお願いして使うようになった時は本当に感激でした。

そして。

「洋銀フルートはこんなに素晴らしいのに、どうしてみんな使わないんだろう?

 ん??そういえば、モイーズは一生洋銀のフルートだったってどこかで読んだような・・」

(検索)

チーン。チーン。

なんだ!?

おお!!確かに違う!!

それにしても、この方、どなた??

(めっちゃ気になる)

(他も見てみよう・・)

これは興味深い!!

(それにしてもどれもしっかり吹いてらっしゃるなぁ)

美しい〜!!

というわけで、実は私はこのモイーズ研究室からではなく、YouTubeから室長を知り、ぜひお友達になりたい!!とFaceBookで探し(今のようにYouTubeからリンクはなかったんですよね)、メッセージをお送りし、現在に至ります。

そして、私もCouesnonを吹いてみたくなり、最初は室長からお借りして、その後自分のものを購入し、今はメイン楽器として使っています。

が、しかし。

Couesnonは、私がそれまでにやっていたような奏法が全く通用せず、一から考え直すことになりました。これから、Couesnonのモイーズモデルが他のフレンチフルートとどう違うのか、設計コンセプト、求められる奏法など、私が5年に及び研究&修行したことを、少しずつご紹介できたらと思います。

ではでは、これからもどうぞよろしくお願いいたします!

<転載終わり>

これから、少しずつ掘り下げる記事を書いていきたいと考えています。

こちらへの転載も続けたいと思いますので、よろしければお付き合い下さい!


Line公式アカウント始めました!

2021.01.31 update

すっかりご無沙汰してしまいましたが皆さまいかがお過ごしでしょうか?

私は、お休みになっている仕事もいくつかあり時間ができたので、今まで興味を持ちながらもなかなか取り組めなかったことをやってみよう!と主に古楽の勉強をしながら過ごしていました。この街には素敵なチェンバロ奏者さんがいらっしゃるので、旅に出ることができなくても専門的なアドバイスをいただけて本当にありがたいです。

最初は一昨年購入したT・ロットモデルでフレンチバロックから始めたのですが、さらに時代を遡ってみたい気持ちになり・・

じゃじゃーん!!オトテールモデル(写真上から2番目)とルネサンスフルート(写真一番上)がメンバーに加わり、ますます楽しく研究しています。

私はこの息苦しくなってしまうような世界の中で、自然とルネサンスフルートに惹かれていったのですが、ペストの収束後にルネサンス文化が花開いていったヨーロッパの歴史と重なり、不思議な縁を感じました。早くそんな時代が訪れるといいですね。

さてさて、今日みなさまにお知らせしたかったのはタイトルの通り「Line公式アカウントを始めました!」ということ。

実は現在、このウェブサイトのリニュアルを構想中で、リニュアル後はより積極的にコラムを書いていきたいと考えています。その更新情報などもお知らせできたらと思いますので、生徒さんも、元生徒さんも、それ以外の方も、どうぞお気軽にお友達追加していただけましたら嬉しいです^^チャット機能も使えますので、レッスンのご予約などにもぜひご利用下さい!

想像した以上にコロナとの戦いが長期化していますが、みなさんにおうちで楽しんでいただけることを少しずつ提供していけたらと思っています。ともに心身の健康を大切にしながら、音楽を深めて行きましょう!

友だち追加


ドガの絵画とアルテス

2020.04.29 update

「踊り子」で知られる、エドガール・ドガ(1834-1917)。

『踊りの花形(エトワール、あるいは舞台の踊り子とも呼ばれる)』(1878年頃) オルセー美術館
“Ballet – L’étoile”

そのドガの絵画に「オペラ座のオーケストラ」という作品があるのはご存知でしょうか?

『オペラ座のオーケストラ』(1870) オルセー美術館
“L’Orchestre de l’Opéra”

この作品、よくよく鑑賞するととても面白い!
まず、手前はドガと親交のあったバソン奏者、デシール・ディハウだそうですが、現代の「ファゴット」のような楽器ではなく、フランス式の「バソン」を吹いていることがわかります。私はこの時代のフランスの管楽器の独特の響きが大好きなので、大注目してしまいました。

そして、その奥にいらっしゃるフルート奏者!この方は、皆さんよくご存知のアルテスさんで間違いないと思います。アルテスは1826年生まれ。この時44歳でしょうか?アルテスはトゥルーの生徒だったので、最初は下の写真のような多鍵式のフルートを使っていたのだと思われますが、この時には銀製のベーム式を吹いているように見えます。

(有田正広氏「パンの笛〜フルート、その音楽と楽器の400年の旅」ライナーノーツより)

アルテスの教本の初版が出版されたのはこの絵から10年後の1880年。私はこの初版に興味があり、色々と調べていると興味深いことにたくさん出会いました。長くなってしまうので、それはまたいつか。(レッスンでは大いに語らせてもらっています、笑)


マルセル・モイーズ研究室

2020.02.09 update

この度、こちら「マルセル・モイーズ研究室」の、運営をお手伝いをさせていただくことになりました!

http://marcel-moyse.amebaownd.comこのサイトの「About」ページ(https://marcel-moyse.amebaownd.com/pages/3540169/page_202001272112)にも書いたのですが、いつもモイーズについて調べると行き着いていた旧モイーズ研究室がある日なくなってしまっているのに気づき、この灯火を消してしまってはいけない!と助手に志願させていただきました。

室長からファイルをいただき、せっせせっせとお引越し&新しい家づくりに励んでいるのですが、私自身この新しいサイトがとても気にっています。

イチオシポイントは、年表にYouTubeをリンクしたこと!!
モイーズの足跡を辿りながら、すぐに演奏を聴くことができる、これは素晴らしい!最近「自分の読みたいものを書けばいい」というのが流行っていますが、まさに私にとっては、こんなサイトが欲しかった!です(もちろん以前のモイーズ研究室も素晴らしかったのですが)。

そしてこのサイトの作業をしていてしみじみと感じているのは、モイーズを追うと、歴史的初演や偉大な指揮者、芸術家ともたくさん出会うことができ、決してフルートという枠にはとどまっていないということ。とても興味深いエピソードが過去の室長コラムにも数多くありますので、それらを掲載しているブログもぜひご覧ください!

私も助手としてこれから色々と発信していけたらと思っています。一緒に約100年前のフランスへの旅を楽しみながら、そして、少し立ち止まって今とこれからを考えることができたら嬉しいです。


マテキフルートの歩み 2

2020.02.02 update

「国内ではまず売れないと思ったし、また売る予定もありませんでした。だから外国の人が発音しやすく短い<マテキ>にしました。<magic flute>といえば、コンベンションでも興味を引きますし」

マテキフルートは輸出専門のメーカーとして始まり、社名もそれを前提として考えられたものだった。当時、海外では、日本産のフルートはどのメーカーも同じようなもので個性がないと考えられがちであった。そこで渡辺氏は決意をする。

「今はそうではありませんが、そのころ日本のフルートメーカーでは、社内で作れない部品を外部の会社に作ってもらう『外注』が盛んに行われていました。しかし外注先の数が少なかったので、どのメーカーも同じ会社の部品を使うようになる。そうすると見た目が似てくるのも当然です。マテキ独自の楽器を作るには、できるだけ外注加工しないで社内でやるしかないと思いました。」

会社設立当時は、渡辺氏ひとりでハンドメイドを行なっていたが、次第に注文が増加し、社員も一年に一人の割合で増えていった。

しかしここで昭和60年から始まった急激な円高のため、日本の輸出企業は軒並み大ショックを受けることとなる。マテキフルートも例外ではなく、海外への輸出が困難となり、国内の販売に踏切らざるを得なかった。しかし社員は技術者ばかりで営業経験はなく、手探りの状態で独自の流通にアプローチを始めた。そして、国内での販売は、小売店に楽器を持ち込み販売を依頼する方法と、直接ユーザーから工場が受注する2つの方法に絞った。

「問屋を通さないので苦労することもあります。でも、お客さんの要望や反応を直接聞けるのがいいですね」

こうしてマテキフルートは国内でも販売されることとなった。海外へ輸出を続けていたことで、留学をしていた日本の若手奏者にも認知・評価されていたため、次第に国内でもその評判が広がっていく。

「よく楽器一本にそこまで手をかけなくても‥と言われます。私自身、この仕事の仕方は今の時代からしたら遅れた世界だと思うこともあります。でも、細かい部分、見えないところと大事にしないといい楽器にはならない。これからも自分たちが納得するいいものを作り続けていきたいんです。」

(参考文献 アルソ出版「国産フルート物語」)


マテキフルート年表
1978年(昭和53年)6月 埼玉県坂戸市にマテキフルートを設立

1978年(昭和53年)11月 マテキフルート第1号完成。輸出専門メーカーとして、1986年までは総銀・金製フルートのみを生産。

1985年(昭和60年)8月 新素材、G10(金10%)製のフルートの開発を始め、第一号完成。マテキオリジナルとして製品化・発表する。

1986年(昭和61年)7月 モデル02、03製作開始

1988年(昭和63年)3月 全種デザインを一新し、本格的に国内販売を始める。AG943モデル、巻き管仕様のフルート製作開始。ハーフオフセットオプションの開発、製品化。

1991年(平成3年)6月 全種デザインを変更 8月 第5回フルートコンベンション(神戸)にて発表。

1993年(平成5年)8月 第6回フルートコンベンション(広島)において、プラチナフルートを発表。ハーフインラインオプションの開発・製品化。H足部管新キーシステム発表。

1997年(平成9年)8月4日 代表 渡辺茂氏逝去  8月 第8回フルートコンベンション(横浜)にて、AG990モデル発表・製品化。12月 渡辺栄子氏が代表となる。

その後、頭部管ノーマークBタイプ、Gタイプを開発。
02モデルの受注を停止。

2011年(平成23年)渡辺竜一氏が新会社「フルート工房マテキ」を設立。

その後、02、03、バラードモデルの生産を中止。AG900モデルを製作。

2019年(令和元年)12月31日 廃業

マテキフルートの廃業は私にとって悲しく、寂しいニュースでしたが、少しでもその足跡を残し伝えることができればと思い、記事を書かせていただきました。今後製造されることはなくなってしまいましたが、これまでに作られた楽器はきっと後世へ残っていくことでしょう。私はオールドフルートに触れる中で、しっかり作られたものは100年経っても美しい響きを奏でてくれることを知っています。マテキフルートもそういう楽器であると信じています。

(以前いただいたマテキフルートのポスター)