中川敬さんライブ

2017.06.29 update

7月4日(火)に想苑さんにて、中川敬さんのライブがあります。とても楽しみにする中で、色々な思いが溢れてきて、ちょっと書いておきたいな、と思ったので、長くなりそうですが、よろしければお付き合い下さい。

私が「満月の夕」という曲に出会ったのは、東日本大震災のあと。たくさんのミュージシャンがこの曲を歌うのを聴いて、作ったのはどんな人だろう、と調べ、阪神大震災の時に生まれた曲だということを知りました。私は、兵庫県の出身で、実家などには被害はなかったけれど、あの揺れを経験したひとりとして、より詳しく知りたくて、ソウルフラワーユニオンの本を買いました。

ロックミュージシャンが、エレキギターを三線に持ち替え、ドラムはチンドン太鼓やチャンゴに、電気が通っていない時は、マイクの代わりにメガホンや拡声器を持って。そして、音楽は、お年寄りの方のために、戦前戦後の流行り歌や民謡を‥。

私は東日本大震災のあと、何も言えず、何もできずにいました。音楽で何かをしたい、なんていうのは、とてもおこがましいことではないかと、ずっと自問自答していました。

そんな中で、ソウルフラワーユニオンの活動を知り、自分の中での答えを見つけることができました。

この映像を見る時、ここにいらっしゃる方々とこの曲が、一緒に歩んで来た道のりを思わずにはいられません。

私は満月の夕の中の、「解き放て、命で笑え」という歌詞にとても共感します。

突然の災害で、家を失った人、大切な人を失った人‥
その悲しみが消えることはないかも知れないけれど、この歌の一瞬でも、それを解き放って、命で笑う、とても力強い歌詞だと思います。

今では、たくさんのミュージシャンがカバーしていますが、私はやっぱり中川さんの歌が好きです。

きっと今度の函館公演でも歌ってくれるはず。生で聴いたら絶対に泣いてしまうと思うので、ハンカチを忘れずに持って行きます!


旧イギリス領事館のバラ(2017)

2017.06.21 update

函館に引っ越してきてから1年が過ぎ、今年もこの季節がやってきました!

旧イギリス領事館のバラ。

カメラを持って近づくと、とってもいい香り♡

まだつぼみもたくさんあったので、これからしばらく楽しませてもらえそうです。

また行きます!


フランスの古いフルートとピアノのこと。

2017.06.19 update

私がフランスの古いフルートに出会ったのは、10年以上前。ほんの少し、古楽の世界に足を踏み入れた時でした。トーマ・ロット作(?)というトラベルソを持っている方がいらっしゃって、そこからロット吹きの方々と知り合いました。

そしていろいろな楽器を吹く中で、Maillechort(洋銀)の響き、柔軟性がとても好きになり、現在はCouesnonのModel-Monopole(モイーズモデル)を使用しています。この楽器のことは長くなりますので、また別の機会にでも。

オールドを吹くようになって感じたのが、ピアノとの相性。素晴らしいピアニストさんは、こちらのことを理解した上でバランスを取って下さいますが、やはり、現代のSteinwayとはちょっと合わないなぁ‥と。そこから、私のピアノ探究が始まりました。

フランスのフルートの響きが好きな私は、やっぱりピアノもフランスが好き。そして、いろいろな録音を聴く中でいちばん気に入ったのがErardでした。

そして、Erardをロシアのピアニストさんが弾いているものが特に好き。
(お気に入りのCDがこちら↓)

Erardとロシア奏法の相性のよさの秘密が気になった私は、こんな本を買って自分もやってみることに。

そこで、目から鱗だったのが、こども用の初歩テキストで、「ピアノから音色を引き出す」ということを徹底しているところ。

私たちが受けた一般的な教育では、まず手はこんなかたちで、卵を入れましょう、とか、フォームが先だったように思います。一方、ロシアの教育では、注意深く聴くということと、柔軟性をとても大切にしていて‥。

私自身、レッスンをしていてよく感じたのが、みなさん「型」を知りたがっているということ。「こうするのが正解です」と言われたがっているということ。

「こうあるべき」が勝ってしまい、「こうしたい」がなかなか出て来ないのが残念でした。その「こうしたい」を見つけるには、自分の演奏も、誰かの演奏も、自分の耳でしっかり聴いて判断できる、ということがとても大事だと思います。

ロシアのピアニストさんの圧倒的な世界感は民族性とも言えると思いますが、このスタートの違いも影響している気がします。

そして、私も、「楽器から音色を引き出す」という意識でフルートを吹いてみると、これまでとは違った世界が広がりました。今まで、いかに、「吹き込もう!」という意識が強かったのか‥少し反省しました^^;

一方通行の力技で押さえ込むのではなく、楽器の声に耳を傾けると、いろいろなことが見えてきます。

みなさんもぜひ試してみてください^^

最後に私の大好きな映像を♡


モイーズの言葉

2017.05.31 update

現在、フルートの国際的なコンクールが行われていますが、今回は1次予選からネット配信されていてとても驚きました。

それで、空いた時間にチラチラと見ているのですが、ふと、「曲をだしに使って自分を見せることは決してしない」というモイーズの言葉を思い出しました。少し長いですが、芸術家の個性について聞かれた時のモイーズの答えを引用します。

「個性がなければ芸術家にはなれないだろうが、音楽家だったらその個性は音色と曲の解釈に現れるだろう。
その人のだす音はその人の全人格を表している。
それはあたかも人声と同じようなものだ。
音を聴けばその人間が何を考え何をやってきた人間であるかはっきりと知ることができる。
人格が向上すればその段階に応じて欲する音を出すだろう。
従って音は死ぬまで変化しつつ生き続けるのだ。

もう一つは解釈、ある人が作曲者に対してどのくらいの音楽的良心をもって、符の玉から音楽をひきだすか、いかに自分を押し殺して曲の心を再現し曲に命を与えうるか、その度合いによっておのずから個性が変わってくる。
芸術家の音は少なくとも曲の再現に恥じない音であるはずだし、曲をだしに使って自分を見せるようなことは決してしない。この域での個性はそれぞれにすばらしい。
しかし、これは出そうと思っても出るものではない。
芸術家の己にきびしい追究の道において知らず知らずのうちににじみ出るものである。
結果的に我々がそれを個性と呼ぶだけのことである。
意識的に個性を作ろうとしたならば、ショウマンにはなれても、絶対にアーティストにはなれないだろう。
芸術家の個性は人格の表出であることに注目しなければいけない。
それに接することはあるときには作曲者の心に接すると同じくらい貴いことであるかもしれない。」
(高橋利夫著 モイーズとの対話 より)

先日、写真家の岩合さんがテレビで「撮影対象との共振」ということを話されていました。音楽も同じで、作曲家、そしてその音楽と演奏者との共振があり、そこに没頭しているうちに、その人にしか作れない世界が広がっていくのではないかと思います。それは、モイーズの言うような、「曲を使って自分を見せる」こととは似て非なるもの。

と言いつつも、私も、若い頃は今思い出すと恥ずかしくなるほど、自己アピールが強い演奏をしていたなぁ‥と思います^^;

きっと、みんな、年を重ねたり、いろいろな音楽経験を積む中で、どこかで気づいていくのだと思いますが、コンクールは、モイーズの言うところの「ショウマン」を評価するのではなく、真摯に音楽と向き合う「芸術家」を評価するものであってほしいと願っています。

さてさて、どんな方が受賞されるのか、楽しみです。
(写真は私が愛用しているCouesnon Monopole)


ピアノのことなど。

2017.02.08 update

気がつけば、前回の投稿から2ヶ月も過ぎようとしているではありませんか!すっかりご無沙汰してしまいましたが、私は元気です。

とにかく、この街での暮らしが楽しく、そして、素敵な方々との出会いがうれしい、そんな毎日です。

あっと言う間に過ぎてしまったこの2ヶ月のいちばんのニュースと言えば‥我が家にグランドピアノがやってきたことでしょうか。

どんなピアノかは秘密‥ですが、古いもので、遠いところからやってきました。日々、このピアノに触れることで、自分のフルート演奏に対する理想を、よりはっきりと感じられる、そんなピアノです。

そして、私が現代の楽器に対し覚える違和感は、ピアノも、フルートも同じだなぁ‥とつくづく思います。
現代の楽器は、効率よく大きな音が出るけれど、それを求める中で犠牲になってしまったものはあまりに大きく重いのではないでしょうか。

そんな思いをピアノを弾く度に強く感じていたら、図書館でこんな本に出会いました。
高木裕さんの、「今のピアノでショパンは弾けない」。

とても共感することが多く、そして、ピアノをフルートに置き換えると深く考えさせられる本でした。
私と同じように現代の楽器に違和感を覚える方、そして、ニューヨークスタインウェイが好きな方はぜひ読んでみて下さい!

私はこれからも、ピアノから学ぶ日々が続きそうです^^