旧イギリス領事館のバラ(2017)

2017.06.21 update

函館に引っ越してきてから1年が過ぎ、今年もこの季節がやってきました!

旧イギリス領事館のバラ。

カメラを持って近づくと、とってもいい香り♡

まだつぼみもたくさんあったので、これからしばらく楽しませてもらえそうです。

また行きます!


フランスの古いフルートとピアノのこと。

2017.06.19 update

私がフランスの古いフルートに出会ったのは、10年以上前。ほんの少し、古楽の世界に足を踏み入れた時でした。トーマ・ロット作(?)というトラベルソを持っている方がいらっしゃって、そこからロット吹きの方々と知り合いました。

そしていろいろな楽器を吹く中で、Maillechort(洋銀)の響き、柔軟性がとても好きになり、現在はCouesnonのModel-Monopole(モイーズモデル)を使用しています。この楽器のことは長くなりますので、また別の機会にでも。

オールドを吹くようになって感じたのが、ピアノとの相性。素晴らしいピアニストさんは、こちらのことを理解した上でバランスを取って下さいますが、やはり、現代のSteinwayとはちょっと合わないなぁ‥と。そこから、私のピアノ探究が始まりました。

フランスのフルートの響きが好きな私は、やっぱりピアノもフランスが好き。そして、いろいろな録音を聴く中でいちばん気に入ったのがErardでした。

そして、Erardをロシアのピアニストさんが弾いているものが特に好き。
(お気に入りのCDがこちら↓)

Erardとロシア奏法の相性のよさの秘密が気になった私は、こんな本を買って自分もやってみることに。

そこで、目から鱗だったのが、こども用の初歩テキストで、「ピアノから音色を引き出す」ということを徹底しているところ。

私たちが受けた一般的な教育では、まず手はこんなかたちで、卵を入れましょう、とか、フォームが先だったように思います。一方、ロシアの教育では、注意深く聴くということと、柔軟性をとても大切にしていて‥。

私自身、レッスンをしていてよく感じたのが、みなさん「型」を知りたがっているということ。「こうするのが正解です」と言われたがっているということ。

「こうあるべき」が勝ってしまい、「こうしたい」がなかなか出て来ないのが残念でした。その「こうしたい」を見つけるには、自分の演奏も、誰かの演奏も、自分の耳でしっかり聴いて判断できる、ということがとても大事だと思います。

ロシアのピアニストさんの圧倒的な世界感は民族性とも言えると思いますが、このスタートの違いも影響している気がします。

そして、私も、「楽器から音色を引き出す」という意識でフルートを吹いてみると、これまでとは違った世界が広がりました。今まで、いかに、「吹き込もう!」という意識が強かったのか‥少し反省しました^^;

一方通行の力技で押さえ込むのではなく、楽器の声に耳を傾けると、いろいろなことが見えてきます。

みなさんもぜひ試してみてください^^

最後に私の大好きな映像を♡


モイーズの言葉

2017.05.31 update

現在、フルートの国際的なコンクールが行われていますが、今回は1次予選からネット配信されていてとても驚きました。

それで、空いた時間にチラチラと見ているのですが、ふと、「曲をだしに使って自分を見せることは決してしない」というモイーズの言葉を思い出しました。少し長いですが、芸術家の個性について聞かれた時のモイーズの答えを引用します。

「個性がなければ芸術家にはなれないだろうが、音楽家だったらその個性は音色と曲の解釈に現れるだろう。
その人のだす音はその人の全人格を表している。
それはあたかも人声と同じようなものだ。
音を聴けばその人間が何を考え何をやってきた人間であるかはっきりと知ることができる。
人格が向上すればその段階に応じて欲する音を出すだろう。
従って音は死ぬまで変化しつつ生き続けるのだ。

もう一つは解釈、ある人が作曲者に対してどのくらいの音楽的良心をもって、符の玉から音楽をひきだすか、いかに自分を押し殺して曲の心を再現し曲に命を与えうるか、その度合いによっておのずから個性が変わってくる。
芸術家の音は少なくとも曲の再現に恥じない音であるはずだし、曲をだしに使って自分を見せるようなことは決してしない。この域での個性はそれぞれにすばらしい。
しかし、これは出そうと思っても出るものではない。
芸術家の己にきびしい追究の道において知らず知らずのうちににじみ出るものである。
結果的に我々がそれを個性と呼ぶだけのことである。
意識的に個性を作ろうとしたならば、ショウマンにはなれても、絶対にアーティストにはなれないだろう。
芸術家の個性は人格の表出であることに注目しなければいけない。
それに接することはあるときには作曲者の心に接すると同じくらい貴いことであるかもしれない。」
(高橋利夫著 モイーズとの対話 より)

先日、写真家の岩合さんがテレビで「撮影対象との共振」ということを話されていました。音楽も同じで、作曲家、そしてその音楽と演奏者との共振があり、そこに没頭しているうちに、その人にしか作れない世界が広がっていくのではないかと思います。それは、モイーズの言うような、「曲を使って自分を見せる」こととは似て非なるもの。

と言いつつも、私も、若い頃は今思い出すと恥ずかしくなるほど、自己アピールが強い演奏をしていたなぁ‥と思います^^;

きっと、みんな、年を重ねたり、いろいろな音楽経験を積む中で、どこかで気づいていくのだと思いますが、コンクールは、モイーズの言うところの「ショウマン」を評価するのではなく、真摯に音楽と向き合う「芸術家」を評価するものであってほしいと願っています。

さてさて、どんな方が受賞されるのか、楽しみです。
(写真は私が愛用しているCouesnon Monopole)


八郎沼の蓮。

2016.09.03 update

コンサートも終わって、少しのんびり過ごしています。
(水面下でいろいろと準備していることもあったりはするのですが‥)

今日は、温泉に行きがてら、北斗市を散歩。
八郎沼の蓮がとてもきれいでした^^
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エルサルバドルのコーヒーと長倉洋海さんのこと。

2016.08.25 update

先日のコンサートで、コーヒーが1種類だと寂しいなぁ‥と思い、東ティモールの他に、もうひとつ販売させていただいたのが、エルサルバドルのものでした。

エルサルバドルのことも少しお話したいと思っていたのに、演奏曲がないと、すっかり忘れてしまっていた私です‥すみません‥^^;

私が、エルサルバドルという国を知ったのは、長倉洋海さんの写真集がきっかけでした。「サルバドル 救世主の国」というもの。言葉にならない写真ばかりなので、ぜひみなさんに、実物を手に取ってご覧いただきたいです。
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その中に、コーヒー農園で働く人々の写真もあり、その印象が強く心に残っていたので、東ティモールの他には、エルサルバドルを!とコーヒー担当に注文したのでした。

音楽も、食べものも、飲み物も、味わって美味しい!というのがいちばんだと思います。だけど、私は、それに関わる人々に、背景に、触れることで広がっていく世界がとても好きです。

エルサルバドルのコーヒーもあと数個、在庫がありますので、よろしければ^^
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