ベリーダンスショー。

2017.09.16 update

東京を中心に活躍していらっしゃるベリーダンサーのAylaさんと、その生徒さんで函館出身のNaomiさんが来月お越しくださることになりました!私もフルートでベリーダンスショーにご一緒させていただきます^^まずはこちらを〜



私は、ベリーダンスにはセクシーな踊りというイメージを持っていたのですが、数年前にAylaさんと共演させていただいて、それだけではない奥深さを知り、すっかりファンになりました。

その歴史は定かではありませんが、一説には、女神信仰や、出産祈願、豊穣祈願のために踊られてきたとも言われています。ハーレムの妖艶な踊りというイメージを持たれる方も多いかも知れませんが、実は、巫女的な存在であり、女性が女性のために踊ってきた、という歴史があったようです。

その神秘性や女神性にすっかり魅了されている私は、今回のステージは女性の方にたくさん見てもらえたら嬉しいな、と思っています(もちろん男性のお客様も大歓迎です!)。

そして、音楽は、とても素敵な、そして幅広い活動をしていらっしゃっるパーカッションの小田桐さんとご一緒させていただきます!

ルネサンスの舞曲から、アラビア的な即興、小田桐さんのカリンバやミルトーンなど、多彩な音楽とベリーダンスの融合、ワクワクしながら準備中です。たくさんの方にお越しいただけましたら嬉しいです!どうぞよろしくお願い致します^^


管楽器の発音と言語のこと。

2017.08.11 update

私がフランスのオールドフルートを使うようになってからずっと気になっていたこと。それは、フランスの楽器と相性のいい発音はどういうものか、ということ。

私は最初に基礎を習った先生がドイツで勉強された方だったので、もともとはドイツ語的な発音をしていました。子音が強く、終わりには「N」の発音が入って‥。あとは口腔の比較的の奥の方を使う感じなど。大学で声楽の授業があり、ドイツ歌曲を歌った時に、フルートでやっていることと同じだ!と、その頃は嬉しく思ったのですが‥。

ケノンのモイーズモデルと呼ばれる楽器を使うようになってから、想定されている奏法と自分の奏法にズレがあることを感じました。そこが上手くリンクしないとこの楽器の本領を発揮できないので、ひとつひとつ検証してみたのですが、なかなか解決できなかったのが発音の問題。フランス語的な口の使い方をすれば上手くいきそうだなぁ‥とは感じていたのですが、なかなかそこを掘り下げることができず‥。

ですが、先日、コルというフランス式のホルンを吹いていらっしゃる方がお越しくださり、本場でレッスンを受けていらっしゃった経験や語学に関する豊富な知識から色々とお話いただいて、たくさんのヒントをいただきました!

そして、フランスに関係することだけではなく、関西弁の発音が奏法に影響しているのではないかという私の密かな悩みにも、言語学的な解説と、同じようになっていた人の例を教えてくださったので、本当に助かりました。関西弁は嫌いではないのですが、クラシックを演奏する時には、少し邪魔になることがあるように私は感じています‥。

今は奏法の面でもグローバル化が進み、それが楽器にも反映されているので、現代の楽器を持てばこういうことはあまり感じないのかも知れません。でも、そういう時代だからこそでしょうか、私は、特徴的なサウンドを面白いと感じたり、絶滅危惧種のような楽器の響きを美しく感じたりすることが多いので、それらをこれからも研究していきたいと思います!

貴重なお話をたくさん聞かせて下さったコル奏者さん、本当にありがとうございました!


中川敬さんライブ

2017.06.29 update

7月4日(火)に想苑さんにて、中川敬さんのライブがあります。とても楽しみにする中で、色々な思いが溢れてきて、ちょっと書いておきたいな、と思ったので、長くなりそうですが、よろしければお付き合い下さい。

私が「満月の夕」という曲に出会ったのは、東日本大震災のあと。たくさんのミュージシャンがこの曲を歌うのを聴いて、作ったのはどんな人だろう、と調べ、阪神大震災の時に生まれた曲だということを知りました。私は、兵庫県の出身で、実家などには被害はなかったけれど、あの揺れを経験したひとりとして、より詳しく知りたくて、ソウルフラワーユニオンの本を買いました。

ロックミュージシャンが、エレキギターを三線に持ち替え、ドラムはチンドン太鼓やチャンゴに、電気が通っていない時は、マイクの代わりにメガホンや拡声器を持って。そして、音楽は、お年寄りの方のために、戦前戦後の流行り歌や民謡を‥。

私は東日本大震災のあと、何も言えず、何もできずにいました。音楽で何かをしたい、なんていうのは、とてもおこがましいことではないかと、ずっと自問自答していました。

そんな中で、ソウルフラワーユニオンの活動を知り、自分の中での答えを見つけることができました。

この映像を見る時、ここにいらっしゃる方々とこの曲が、一緒に歩んで来た道のりを思わずにはいられません。

私は満月の夕の中の、「解き放て、命で笑え」という歌詞にとても共感します。

突然の災害で、家を失った人、大切な人を失った人‥
その悲しみが消えることはないかも知れないけれど、この歌の一瞬でも、それを解き放って、命で笑う、とても力強い歌詞だと思います。

今では、たくさんのミュージシャンがカバーしていますが、私はやっぱり中川さんの歌が好きです。

きっと今度の函館公演でも歌ってくれるはず。生で聴いたら絶対に泣いてしまうと思うので、ハンカチを忘れずに持って行きます!


旧イギリス領事館のバラ(2017)

2017.06.21 update

函館に引っ越してきてから1年が過ぎ、今年もこの季節がやってきました!

旧イギリス領事館のバラ。

カメラを持って近づくと、とってもいい香り♡

まだつぼみもたくさんあったので、これからしばらく楽しませてもらえそうです。

また行きます!


モイーズの言葉

2017.05.31 update

現在、フルートの国際的なコンクールが行われていますが、今回は1次予選からネット配信されていてとても驚きました。

それで、空いた時間にチラチラと見ているのですが、ふと、「曲をだしに使って自分を見せることは決してしない」というモイーズの言葉を思い出しました。少し長いですが、芸術家の個性について聞かれた時のモイーズの答えを引用します。

「個性がなければ芸術家にはなれないだろうが、音楽家だったらその個性は音色と曲の解釈に現れるだろう。
その人のだす音はその人の全人格を表している。
それはあたかも人声と同じようなものだ。
音を聴けばその人間が何を考え何をやってきた人間であるかはっきりと知ることができる。
人格が向上すればその段階に応じて欲する音を出すだろう。
従って音は死ぬまで変化しつつ生き続けるのだ。

もう一つは解釈、ある人が作曲者に対してどのくらいの音楽的良心をもって、符の玉から音楽をひきだすか、いかに自分を押し殺して曲の心を再現し曲に命を与えうるか、その度合いによっておのずから個性が変わってくる。
芸術家の音は少なくとも曲の再現に恥じない音であるはずだし、曲をだしに使って自分を見せるようなことは決してしない。この域での個性はそれぞれにすばらしい。
しかし、これは出そうと思っても出るものではない。
芸術家の己にきびしい追究の道において知らず知らずのうちににじみ出るものである。
結果的に我々がそれを個性と呼ぶだけのことである。
意識的に個性を作ろうとしたならば、ショウマンにはなれても、絶対にアーティストにはなれないだろう。
芸術家の個性は人格の表出であることに注目しなければいけない。
それに接することはあるときには作曲者の心に接すると同じくらい貴いことであるかもしれない。」
(高橋利夫著 モイーズとの対話 より)

先日、写真家の岩合さんがテレビで「撮影対象との共振」ということを話されていました。音楽も同じで、作曲家、そしてその音楽と演奏者との共振があり、そこに没頭しているうちに、その人にしか作れない世界が広がっていくのではないかと思います。それは、モイーズの言うような、「曲を使って自分を見せる」こととは似て非なるもの。

と言いつつも、私も、若い頃は今思い出すと恥ずかしくなるほど、自己アピールが強い演奏をしていたなぁ‥と思います^^;

きっと、みんな、年を重ねたり、いろいろな音楽経験を積む中で、どこかで気づいていくのだと思いますが、コンクールは、モイーズの言うところの「ショウマン」を評価するのではなく、真摯に音楽と向き合う「芸術家」を評価するものであってほしいと願っています。

さてさて、どんな方が受賞されるのか、楽しみです。
(写真は私が愛用しているCouesnon Monopole)