増永弘昭先生の思い出
私は学生時代に数回、増永弘昭先生のレッスンを受講させていただきました。先生がお亡くなりになる1〜2年前のことだったと思います。大阪出身の先生は私のことを「姫路のおばちゃん」(弱冠ハタチでしたが。笑)と呼んで、気さくに、でもとても熱心に教えてくださいました。 でも、みなさんご存知の通り、私はそのあと昔のフランスの楽器や奏法を研究するようになり、せっかく先生が教えてくださったH・P・シュミッツ氏から受け継がれたドイツの伝統から離れてしまったことを申し訳なく思っていました。 そんな中、モイーズモデルのフルートを持ち、奏法を考えている時に、ふと、 …
Couesnon Monopoleとの出会い
<運営のお手伝いをさせていただいている「マルセル・モイーズ研究室」https://marcel-moyse.amebaownd.com/に書いたコラムをこちらにも転載させていただきます。フランスの洋銀のフルートとの出会いが、モイーズ研究室の松田さん、そしてモイーズへと繋がったお話です。> みなさまはじめまして。 このサイトの運営のお手伝いをさせていただいているSawakoです。 …
マテキフルートの歩み 2
「国内ではまず売れないと思ったし、また売る予定もありませんでした。だから外国の人が発音しやすく短い<マテキ>にしました。<magic flute>といえば、コンベンションでも興味を引きますし」 マテキフルートは輸出専門のメーカーとして始まり、社名もそれを前提として考えられたものだった。当時、海外では、日本産のフルートはどのメーカーも同じようなもので個性がないと考えられがちであった。そこで渡辺氏は決意をする。 「今はそうではありませんが、そのころ日本のフルートメーカーでは、社内で作れない部品を外部の会社に作ってもらう『外注』が盛んに行われていました。しかし外注先の数が少なかったので、どのメーカーも同じ会社の部品を使うようになる。そうすると見た目が似てくるのも当然です。マテキ独自の楽器を作るには、できるだけ外注加工しないで社内でやるしかないと思いました。」 …
マテキフルートの歩み
新年早々マテキフルート廃業のお知らせが飛び込んできて、インターネット上でも皆さん驚かれていたり、残念がっていたり。でも2週間ほど過ぎた今は、話題にする人も少なくなりました。もちろん楽器はしっかり残っていて、それを大切に使い続けている方がたくさんいらしゃるのでしょうが、情報が流れ、そして消えていくスピードがあまりに早いことに寂しさと危機感を覚えます。そんなこともあり、私は創業当時のことを知っているわけではないのですが、ここで資料をもとにその足跡を辿って行きたいと思います。 …