ジェフリー・ギルバートの著書からフランス式発音を考える

 これまでにも何度か書いている気がしますが、私は最初に基礎を習ったのがドイツで学ばれた先生だった影響もあり、口腔はできるだけ広く、舌は垂直に立つくらいの位置で、しっかり子音を入れる、という奏法をベースにしていました。

 けれど、フランスのオールドフルートに魅せられ演奏する中で、それではしっくりいかない感覚があり、ずっと、ひっそりと研究を続けてきました。その中で偶然の出会いが重なり、とても参考になる資料を見つけたのでここでご紹介させていただきます。今日はとーっても長くなりそうですが、よろしければお付き合い下さいっ!

 私が、ルネ・ル・ロワに興味を持ち、その古い教本を手に入れたことは以前にも書きました。
〜ルネ・ル・ロワのこと〜
https://sawako-flute.com/flute/655/
〜ルネ・ル・ロワの教本から〜
https://sawako-flute.com/blogpost/668/
 このル・ロワさんの教本は本当に素晴らしく、今なお、管楽器を演奏する上で多く存在する誤解、自然な奏法を妨げるような認識の問題を、非常に論理的な方法で解決してくれるものでした。レッスンの中で紹介したら生徒さんにもわかりやすかったようで、良い変化が起こる方が多かったです。こちらでももっと掘り下げて紹介したいと思いながらも、なかなかできずにいましたが、またこれから少しずつやっていけるといいなと思います。

 さて、そんな素晴らしい教本を書かれたル・ロワさん。そう言えば、お弟子さんはどんな方がいらっしゃるのかしら‥と気になって調べたら、ジェフリー・ギルバートさんの名前を発見!!なんと!!

 私がフルートを始めて間もない頃、ふるさと姫路の図書館に「フルート奏法 成功への鍵―ジェフリー・ギルバートのレッスン・システム 」という本があったのです。当時その内容についてはまだよく理解できなかった私。でも何か大事なことが書いてあるような気がしてコピーを取り、アンブシュア、呼吸法など、実際の奏法に関係するところを中心に読んでいたのですが、改めて開いてみると‥

 当時のイギリスの奏法ではダメだと思い、ル・ロワさんに学ぶことにした、と!!とても興味深いお話なので、少し長いですが引用します。

<フレンチ・メソードの採用>
 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団で首席奏者をつとめていた頃、ギルバートは、フルート奏法の伝統的なイギリス流メソードに真剣に疑問を持ち始めていた。レコーディングや、いくつかの重要な演奏会で自分や他のイギリス人奏者が使われないのはなぜかを問うた後、彼は、イギリス人フルーティストに偏見があることに気づいたのである。なぜ、レコード会社やBBCは、レコーディングや放送のために、ルネ・ル・ロワやアンドレ・ジョネやマルセル・モイーズのようなアーティストを外国から呼ぶのか?モイーズやル・ロワのコンサートやレコーディングを聴いた後には、消えることのない印象が残った。ギルバートは自分の演奏にますます懐疑的になった。どのようにしてこれらのフルーティストは、音の中にこんな温かみや表情を生み出すことができるのだろうか?オーケストラでユージン・グーセンスと一緒に仕事をして、ギルバートは、彼が次にロンドンに来たら、このことを話し合おうと決心したのだった。ギルバートはその時の会話を思い出してくれた。
 「彼は開口一番こう言った。『あなたはとてもよいプレイヤーだが、もし国際的な奏者として認められたければ、あなたは自分の演奏スタイルを変える必要がある。つまり、楽器を替え、他の皆がしているような奏法を学ばなければならない』」
 グーセンスからムッシュー・ル・ロワ(1889-1985)への紹介状を手に入れた後、ル・ロワが次にロンドンを訪れた時に、ギルバートのレッスンが準備された。このレッスンは、ル・ロワが滞在していたロンドンのセント・ジョーンズ・ウッドにあるグローヴ館という見事な邸宅で行なわれた。ギルバートが、彼の「パーティ・ピース」と呼ぶ、イベールのコンチェルトの数小節を吹くと、ル・ロワはすぐさま問題点を診断したのである。
 「『あなたはアンブシュアとアーティキュレーションを変えなくてはならない。正しいヴィブラートのかけ方を学ばなければならないし、新しい楽器を買う必要もある』」彼はまた最後にこうも言った。私が奏法を変えるのはとても難しく、また苦痛を伴うことだろう、特に、私がその間生活費を稼がなければならないとすればなおさらである。また、その過程にはとても長い時間がかかるだろう、と」。
 重大な決心をしたギルバートは、すぐにビーチャムに会いに行った。「彼はとても好意的で、グーセンスと同じ意見だった。そして、もし私がそれが正しいことと思うなら、私に必要な励まし(援助)はなんでも与える、と言ってくれた」。
(アンジェリータ・スティーヴンズ フロイド著 フルート奏法 成功への鍵―ジェフリー・ギルバートのレッスン・システム 第1章ジェフリー・ギルバートの生涯より)

 このあとギルバート氏は、ルイ・ロットの銀製フルートを買い、自身の奏法をフランス式に変えていきます。その中で「この変革をなすのには約3年かかった」という記述があり、私はとても励まされました。ギルバートさんでも3年かかったんだから、私も地道にがんばろう!と。

 そして、この本の中では随所に、当時のイギリスとフランスの奏法の具体的な違いが出てくるのですが、私にとってそれはとても貴重な資料となりました。

 私は、管楽器の発音はそれぞれが使っている言語の影響が大きいと常々感じています。けれど、例えば、フランス語を話す人にとって、フランス語的な発音をすることは日常の延長であり、特に意識しなくてもできること。だから、どうするとフランス的な発音ができるか、他の言語話者にもわかるような説明をしてくれるものがなかなか生まれなかったのではないかと思うのです。もうこれはフランス語を話せるようになるしかない!と考えていた矢先にこの本に再び出会うことができ、本当に助かりました(でもフランス語は勉強しなければ!)。

 さて、私がかいつまんで説明をして誤解が生じたら申し訳ないので、こちらも長いですが引用させていただきます。

<ギルバートのタンギング方法>
 1930年代の終わり頃から1940年代の初めにかけて、フランス流奏法に変える以前のジェフリー・ギルバートの最初のタンギングの仕方は、歯の後ろに舌をあてるという、今日ほとんどのフルーティスト、特にアメリカ人フルーティストが行なっている方法であった。タンギングの方法は、(アンブシュアの裏での)前方でのタンギングであれ、歯の後ろでのタンギングであれ、口蓋でのタンギングであれ、本人にとってそれがうまく機能しているのであれば変える必要はない、とギルバートは、レッスンでもマスタークラスでも述べている。しかし、もしもタンギングに問題があるならば、各人にとって最も良く機能するやり方を見つけるために、タンギングの仕方を変えてみてもよいかもしれない。
  「歯と歯の間を通って、下唇に触れながらアンブシュアの裏でタンギングしなさい」(MCT-85)

 1940年代以後のギルバートのタンギングは、歯と歯の間を通ってアンブシュアの裏に舌を当ててなされる、前よりのタンギングである。これは、舌を歯の後ろにあてるよう教えられているほとんどのアメリカ人フルーティストのタンギングとは対照的である。
 フランス流の前よりのタンギングのやり方を採用して以来、ギルバートは舌を前に出す“T”の音節を使う方法に、多くの利点をを見出した。(1)フランス語の“T”を使うと、舌先を用いて、より明瞭ではっきりした音を出すことができる。(2)フランス語風に“Tu”の発音をする-すなわち“Tooough”という-ことで、のどを自動的に開けることができる。(3)アンブシュアに近いところでタンギングすれば、舌はより正確かつ精巧に動くことができる。ギルバートは、前よりの“T”のタンギング方法をすべてのタイプのタンギング、つまりシングル、ダブル、トリプルのタンギングに使っている、と述べている。
(アンジェリータ・スティーヴンズ フロイド著 フルート奏法 成功への鍵―ジェフリー・ギルバートのレッスン・システム 第8章アーティキュレーションより)

 私はモイーズの奏法と楽器を研究して、フランス人の舌は前の方にあり、柔軟なアンブシュアと一体となって発音しているのであろうこと、私が最初に習ったような口蓋を使う方法は行わないであろうことは感じていたのですが、推測の域を超えられずにいたので(追記。後にモイーズは唇の間から舌が出るようなタンギングをしていたと知りました)、この説明によってようやく確信を持つことができました。

 ただ、ギルバート氏の言葉にあるように、「本人にとってそれがうまく機能しているのであれば変える必要はない」のだと私も思います。私は、フランスのオールドフルートを演奏する中でどうしてもうまく行かない感覚があり、ここに辿り着きました。だから全ての人にこの方法をおすすめするつもりはありません。でも、以前の私のように、口蓋を使う方法では無理がかかり喉に力が入ってしまったりするなど、現代のフルートを吹く中でうまくいっていないことを抱える人にも、こんな発音法もあるということが何かしらのヒントになれば嬉しいです。